2004オーリンゲン旅行記

岡本、金谷、澤田、西尾、前田

<メンバー>

チーム「SHINSENGUMI」 10名
岡本、金谷、澤田、西尾、前田 (以上朱雀OK)、
小野田、安形(京大OLC)、吉田(ぞんび〜ず)、西村(OLCルーパー)、間畠(みやこOLC)


<スケジュール>


7/17(土) 出発 関空〜アムステルダム〜ヨーテボリ
7/18(日) 開会式
7/19(月) 大会初日
7/20(火) 大会2日目
7/21(水) 大会3日目
7/22(木) 大会4日目
7/23(金) 大会最終日(チェイシング)
7/24(土) ヨーテボリ〜アムステルダム〜
7/25(日) 〜関空 帰国


7/17(土) 出発 (前田)

深夜1時。後5時間後には出発なのにまだ何の準備もしていない状態。社会人になると平日に買い物に行ったり準備したりする時間がとりづらくこんなギリギリになってしまった(と言うのは言い訳でたぶん学生だったとしてもギリギリだったに違いない^^;)。とりあえずパスポートとクレジットカードがあれば何とかなるはずと、適当に目に付いた要りそうな物を鞄にぶち込んで、いざ関空へ。
関空に着くとすでに他のメンバーは大方揃っていた。今回は朱雀からも4名行くし京大の学生も行くので結構な大所帯。みんな大きなバックパックを背負っているので空港の中で明らかに浮いている。しかしよく見るとその中に一人だけ馬鹿でかいスーツケースを持っている人が!その名は「モカ」!初めての海外旅行と言うことで圧倒的な気合の入れ様であった。

そんなこんなで飛行機に搭乗。初めて飛行機に乗るモカに間畠と2人で、飛行機は実は後ろ向きに飛ぶとか飛行機の中では食べ飲み放題であるとか(これは別に嘘じゃないけど)適当なことを言ってからかっていた。
今回の飛行機はKLM航空なのでオランダのアムステルダムでトランジット待ち。ここで時間が4時間くらいあったのとアムステルダムの街まで電車ですぐに行けるとの事だったので、街中に繰り出すことに。思えばこれが悲劇の始まりであった…

アムステルダムの街中をうろうろしていると裏通りとかではなくメインの大通り沿いにSEX Museumという、なんともマニア心をくすぐられる建物を発見!しかし見ているとマニアどころか普通に女の人のグループとかが嬉しそうに入っていくではないか。これは入らねばならないと思い、志を同じくする猛者を募ったところ金谷さんと間畠が即答^^;、と言うわけでここで一同はMuseum組(金谷、間畠、前田)と街中散策組(西尾、モカ、吉田、澤田)に分かれることに。

(以下、両方の道のりを別々にお楽しみください)


〜Museum組編〜

Museumの内容についての詳細な記述は避けるが、かなり興味深い内容であった。Museumから出てきた時には我々3人は異常なハイテンションモードにはいっており、もっとアムステルダムの街を堪能すべく、今度は裏通りの怪しい方怪しい方へと突き進んでいった。しかも日本語が回りの人に通じないのをいいことに相当やばい単語を大声で連発していた気がする^^;
そんなこんなでアムステルダムを堪能し興奮覚めやらぬ状態でスウェーデン行きの飛行機に乗るべく空港へ帰還。きっと街中散策組はもう空港に戻って来ているだろうと思っていたが、まだだった。意外に思ったが、大雨のため飛行機も遅れるみたいやしまだ余裕やなと思いつつ免税店とかをウロウロ。
しかし、本来飛行機が離陸する時間になってもまだ来なかった時には、我々3人はかなり焦りつつ空港の中を走り回って探した。が、見つからず。我々の中では犯罪に巻き込まれた説や誰かがパスポートを無くした説など数々のあまり楽しくない想像が語られていた。(後に、2つのグループの間で海外旅行能力とでも言うべき能力に偏りがありすぎたと言う結論に達した。おそらく街中散策組の中で、トラブル時に戦力になるのは西尾だけであろう…)

とうとう遅れていた飛行機が離陸する時間になったのでゲートのところで他に日本人が来たかと聞くも、答えは無常にもNo…最後までゲートのところで待たせてくれたが結局現れず…。仕方がないので、すでに積んでいる荷物を仲間の分もヨーテボリ空港で降ろすように言われつつ、我々だけで搭乗。
ヨーテボリ空港にて、別便で到着した西村さん、小野田と合流し、失われし仲間たちの荷物を回収しつつタクシーでO-Ringen運営者から指定された宿である、学校へ向かう。この時点で現地時間夜中の12時近く(日本時間朝の7時)、すでに我々の疲労はピークに達していたが、まだまだ一悶着あるのであった…

なんと、タクシーの運転手が学校の正確な場所が分からんらしい…近くまでは来ているのだがどの建物か分からんと言いつつ同じ場所をぐるぐる(>_<) そのうち、もう降ろして帰りたいタクシーの運転手と、もうどこでも良いから横になりたい我々の思いが一致し、その辺の芝生で寝るからとタクシーを降り、疲労困憊になりながら木の根元に荷物を積み上げ、それを囲むように銀マットと寝袋を敷き、速攻で眠りに落ちていった…おそらく地元の人が見たらかなり謎な光景であったに違いない。怪しい東洋人が明らかに人数分より多い大量の荷物を囲んで公園の芝生で輪になって寝てるなんて…
まさかスウェーデン一日目が野宿になるとは夢にも思っていなかった。寒いし雨降るしどこかで変な鳥が甲高い声で鳴きまくってるし。しかしもう一組もかなり大変なことになっていたらしい…


7/18(日) 大会前日 (金谷)

朝6時、芝生の上にて起床。4〜5時間は寝れたか。なんとか追いはぎにも暴漢にも遭わず、無事でいられたことに感謝する(笑)。まもなく雨が降り出したため、建物の入り口に避難した。夜中に大雨降らないで本当に良かった。

さて、これからどうしよう。と、そこに何処からともなく1人の男がやって来た。聞けばスコットランドから来たオリエンティアだという。「向こうに宿舎がある」という情報を教えてくれ、そしてなぜかペットボトルの水をくれて去っていった...
雨はしとしと降り続ける。止む気配なし。まだそこに待機していると、再び何処からともなく韓国人のおっさんがやって来た。「宿舎はここから300mくらいのすぐ近くなんで、案内してやるよ」と言う。そして、「ニホンジン、、、モイル」と片言の日本語までしゃべってくるではないか。そうか、このくらいの歳の韓国人は少しは日本語しゃべれるわけね。とりあえず、前田・西村・間畠の3人が先発隊としてついて行くことになった。

金谷、小野田は留守番組。しばらくすると3人が戻ってきた。結構な情報が得られたようだ。まず、JWOC日本チームと会うことができ、イベントセンターの場所を教えてもらった。まずはそこでチームエントリーをして、本日以降の宿舎に移動せねばならないらしい。かなりの前進だ。早速先発隊3人がイベントセンターに出かけていった。
再び雨の中で荷物番。夕べの機内食から何も食ってないし、かなり腹も減ってきた。そして寒い。そういえば西尾ら4人はどうしているだろう?ちゃんと生きているのだろうか??明日から普通にレースを走れるとはとても思えない展開だなぁ。

1時間は待っただろうか。その間に再びあのスコットランドにーちゃんと韓国人がやってきて、「宿舎行くか?」みたいなことを言って去っていった。彼らは一体何者だったのだろう?ロールプレイングゲームか何かで、ちょっとずつ旅のヒントをくれる街の人みたいだ。今思うとかなり不思議だ...
そして彼らが戻ってきた。受付を済ませ、荷物が多いということをアピったら、本日以降の宿舎まで荷物を運んでくれるという。よかった。何とかなりそうだ。朝食も買ってきたし、元気も出てきたぞ。とりあえず、歩いて行ける夕べの宿舎まで9人分の荷物と共に移動し、飯を食った。超空腹状態でのパンとコーンフレークはまじでうまかった。そして玄関のフロアで横になって爆睡。夕べ泊まってもない奴らがいきなりフロアで寝てるし、宿舎の役員はこいつらなにもんだと思ったことだろう(笑)

宿舎まで移動し、そのあとはイベントセンターやショップをぶらつく。ようやく大会の雰囲気を感じられるようになってきたぞ。ここまで別行動だった安形もここで無事合流でき、アムスで離れ離れになった面々以外はなんとか大会を迎えられそうだ。開会式ではスーパーエリートによるエキシビションスプリントレースが行われる。事前にこれは見たいと思っていたのだが、開会式の時間近くになってもこれから始まる様子がない。おかしいと聞いてみると、なんと開会式はイベントセンターではなく、ヨーテボリの市街地にて開催されるというではないか。なんてこったい!ここイベントセンターと市街地は、車や公共交通機関を使わないと移動できないくらい離れている。しかし今からでもバスで行けば何とか間に合いそうだ。前田と二人、バスに乗って会場へと向かった。
何とかレースには間に合った。街のど真ん中の広場に特設ステージと巨大スクリーンを設け、ステージがスタート・ゴールという豪華な演出だった。スーパーエリートたちはそれぞれスタート前にコールと紹介がされ、その都度観客は盛り上がる。そしてまた、テレイン内に設置された移動カメラでの中間ポイントの映像が大画面に映し出され、中間速報が出される。ここまでやればオリエンも十分観戦するに足るスポーツといえるね。「魅せる」オリエンの演出という意味で非常に参考になった。もちろん、大いに楽しめたしね。
女子スーパーエリートの覇者は地元スウェーデンのJenny Johansson。小柄で「かわいいっ!」って感じの選手(純ちゃん系)で、スタート前のコールの時も他の選手に比べ圧倒的な盛り上がりを見せていた。スウェーデンの人々もロリ系が好きなんかなぁ... きっとそうに違いない(断言)。

さて、いよいよ明日からレースだ。しかし、しかし宿舎の部屋の隅に集められた4つの荷物の主は未だ現れないまま。今どこで何しているのやら... 明日も来ないようならいよいよ事態は深刻だなぁ... と思いながら寝袋に入った。

朝起きたら4人が同じ部屋で寝ていて、びっくりな顛末を聞かされることとなる...ということは、当然今はまだ知る由もなかった... zzz


7/17(土)〜18(日)Part2 〜街中散策組編〜 (澤田)

アムステルダム街中散策組の西尾・モカ・よしお・るみは大通りをプーラプラ。広場でダンスしてる人々を観察したり、なぜか傾いてるアムスの建物を写真撮ったりして遊んでいたらお昼ご飯を食べる頃にはそろそろ空港へ向かう時間になってました。突然のスコールを浴びつつ駅に到着。空港行きの電車を必死で探してホームまで駆け上がると、2~3分前に空港行きが出発してしまってました。あ〜あ、しかし次のに乗っても間に合うので私達はさほど気にはしていませんでした。後で聞くと、Museum組はこれに乗れていたらしくこれが運命の分かれ道だったんです。
案内表示に空港の飛行機マークがつき電車がホームに入ってくるとそそくさと乗り込みくつろぎモードへ。あっと言う間に空港だと思ったらどっこい、出発するや否や「この電車は空港へは行きません。」という車内アナウンスが流れ出すではありませんか。その瞬間「そんなバカな!」って顔を見合わせて焦りだし、次の駅で引き返そうとしたけど、その次のライドン駅に着いたのが約40分後の19:40、飛行機が出発するのは19:50。しかもその駅で空港行きの電車に乗ろうとホームで待っていても予定してた電車が来ない。トラブルが発生したので一度アムスに戻るしか方法がないと言われて唖然としてしまう海外素人的な我々4人、この時点で時刻は20:30、 今からアムスに戻って空港に着いたら22:00。もはや絶望的でした。
とりあえず空港に向かうしかないので一同アムスへ。ここで信じられない光景を目にします。先程と同じように「空港行き」の案内表示、電車が来てしばらく停車している間に「空港へは行きません」の表示に変わったのです!!またどこか遠くへ連れて行かれるところでした。よしおが証拠写真を撮ったりしていると駅員さんが話し掛けてきてくれて、今度こそ正しい電車に乗ることができました。空港までたった20分 これが長かった・・・。
空港では、死ぬほど心配してるであろうMuseum組にメールで無事を伝えて、翌日のキャンセル待ちに備えて空港のベンチで仮眠をとりました。日本から半袖で乗り込んできたので体感温度10℃くらいの夜は辛かった〜 みんな寝付けない中、よしおだけはよく寝てました。すごい。背に腹は変えられんのでここからずっとヨーテボリまで日中の街でもトリム姿という斬新な格好で過ごすことになり、貴重な体験ができました☆

翌朝、空席はなく一日キャンセル待ちでじっとしてられないので私たちは陸路という選択肢を選びました。アムスからヨーテボリまで15時間の長旅です。車窓からは遥か彼方まで続く緑の喉かな牧場風景、テレビで見てる「世界の車窓」な気分でした。途中、めちゃんこいいことあったんです!港で一時停止したかと思うと、なんと電車ごと船の中へ。出発したら甲板まで出てかもめと遊んだり海を眺めて黄昏てみたり(モカが)トロリサーモンのハンバーグを食べたり船旅を満喫しました。
やっとヨーテボリ到着したのが23:00 ここで前田さんたちも乗ったと思われる怪しい(?)タクシーに乗り(だって、大丈夫だから乗りな!って言いながら場所がわからんかったらしく同じ場所をぐるぐる)一日目泊予定だった小学校で降ろしてもらってオーリンゲンテントサイトらしきところを縦断爆撃。運よくオーガナイザーに出会ってみんなが寝てる小学校まで連れて行ってもらえました。ありがとう〜!

部屋に入るとみんなスヤスヤ寝てました、その寝顔を見ると安堵感と今までの疲労感で正直泣きそうでした。心配かけてごめんなさい。一緒に頑張った西尾くん、モカ、よしおありがとう。
速攻寝たけど、日付は変わってたので極端に言えば今日からオーリンゲンのレースを走ることになります。有り得ねぇ〜


7/19(月) 大会初日 (前田)

朝起きたら、討ち死にしたと思われていた隊士たち4人が無事に着いていた。再会を喜びつつ事の顛末を聞きながらレースへ。
レース1日目。ぶっちゃけ今回の海外遠征はレース以外の部分の印象が強過ぎて、この原稿を書いている(遠征から2ヶ月以上経過…)今となってはあんまり思い出せない。もちろん地図を見ればレース自体は思い出すのだけれど。

この日は初日だと言うのにかなり激しい雨が降っていた。しかしそこは海外初日と言うこともあって萎える事もなく颯爽と出撃。しかしスタートに行く途中でいきなり運営者に呼び止められ、トリムのズボンにあいた穴(複数箇所^^;)にテーピングテープを貼られた…どうやら穴のあいたウェアでのオリエンは禁止とプログラムかどこかに書いてあったらしい。面目ない。
この日は、やはりいきなりのスウェーデンテレインの洗礼を受けてみんなかなり爆裂していた。その中で唯一西尾が健闘していた。さすが。

他にこの日は会場でラクリス(ゴム紐のような形状のお菓子。グミのような食感で種類によっては結構美味しい。スウェーデンの子供がよく食べている黒色のsalt味は歯磨き粉に塩を混ぜたような味で正直激マズなので注意が必要。)を売っている女の子が抜群に可愛かったのが記憶に残っている。西洋人は概して年齢より大人っぽく見えるが、この子はかなりロリ系で可愛かった。まあ本当に中学生くらいだった可能性もあるが…


7/20(火) 大会2日目 (金谷)

レース2日目。昨日とは打って変わっていい天気。やっぱ青空会場はこうでなくっちゃね〜。初日よりはだいぶテレインの特徴に対応できてきたような気がする。おまけにこの日は石塁が結構あって「とりあえず石塁に当てる」プランがかなり有効であった。まさに、「神様、石塁様」状態!(^^)
前半はかなりいい感じで回れていたのだが、この日も中盤以降でやってしまった。集中力の問題か。9ポで若干、10ポで7分レベルのミスをしてしまい、今日もレースをまとめることができなかった。右足のスジを伸ばしたらしく、その後はかなりのスローペースで何とかゴール。今日も凹むレースであった。足が痛い。明日以降どうしよ〜。
西尾は結構いいレースをしていたようだったけど、道の分岐のコントロールを取り忘れてペナ。なにやってんじゃーい!!シリーズの大会でペナってことは、当然チェイシングも逃したし最終成績もつかない。本人が一番悔しかったと思うけど。

宿舎や食事について書こう。宿舎は、貧乏学生・社会人の強い味方、ハードフロアをセレクト。いわゆる小学校の教室の間借りで、寝心地がいいとは言いがたいが、大会期間中滞在して400SK(通貨単位スウェーデンクローネ、400SKは約6000円)と非常に安い。同じ団体や国で同じ部屋をアレンジしてくれる。今回は、うちら「SHINSENGUMI」と他に日本チーム2組の計3団体で同じ部屋をシェア。みな大会で顔なじみな人々ばかりだったので気楽だった(とはいっても、海外に来て日本人とばかり接することになってしまうのはもったいないといえばもったいなかったのだが、、、)。
食事は、台所や調理場はないため各団体で何とかしなければならない。スーパーで買い込んだパンやハム、野菜、果物などと、持参した調理器具での簡単な調理品が向こうでの専らの食事だった。みんなでテーブルを囲んで、バイキング形式みたいに食材をつまんで食べる。毎日の食事自体が一つのイベントと化していて、とても楽しい時間だった。

今日の夕ごはんはちょっと奮発してバーガーキングをテイクアウト。プラスでサラダ、ポテト、果物などを食ったので結構腹いっぱいになった。火なしでもなんとか飯にはなるなぁ。そう、昨日無事ガスボンベをゲットしたはずだったのだが、なぜかいきなり行方不明なのだ。我らがガスボンベは一体どこへ??誰かの荷物に紛れてる、、わけでもなかったし、謎は深まるばかり。結局最終日まで見つからなかった(結局あとでもう一つ買ったけど)。目の前のラーメンや味噌汁、パスタなどの食料は調理できず、買ったはいいが食いたい気持ちを増幅させるばかり.. ビールで乾杯しつつ、この日も更けていった。続く。


7/21(水) 大会3日目 (西尾)

→地図(Now Printing...)

スウェーデンの生活も3日目を迎え、ハードフロアの共同生活にも慣れてきた。7月21日木曜日、天気はまずまず、相変わらず気温は低い。昨日のレースでペナってしまったが、ゴール後金並さんと話して課題が見つけられたので、特に脱出時の動作とプラン段階でのルート選択に気をつけることにしようと考えた。
レースは最初から集中して入ることができ、なかなか良い内容でゴールまで走りきることができた。特にロングレッグでシンプルなプランを立てて実行が非常にスムーズであったこと、早いスピードのナヴィゲーションが「できている」と自分で実感できたこと、最後まで攻めて集中力を切らさずに走り通せたことが収穫であった。

レースの後は宿舎近くのジムでシャワーを浴び、インターネットをした。中田フィオレンティーナ移籍のニュースにびっくり。みんなでメシ食ってビール飲んで洗濯して干してだらだら。靴下を捨てた。寒い一日であった。

7/22(木) 大会4日目 (澤田)

レース4日目は唯一のショートの日。前日のロングで相当山をお楽しみになったんで今日は少しのお楽しみで勘弁してほしい。しかもレース後、初めてヨーテボリの街へ繰り出す予定だったので何がんでも早く帰りたかった。
テレインは黄色ドットで表現される巨大岩場が広がる特徴的な場所でテレイン内を縦横無尽に伸びる石塁をうまく使うことがポイントでした。ロングではそれが理解できず大失敗してました。レースは一時間かかったものの、前日の反省を生かしポスト周りをイメージしながら直進でがつんと行ったらポストが現れてくれました。ここ3日間のレースでこんなことなかったので、初めてプラン通り行けてポストを見て喜ぶ新人気分を味わいつつゴールしました。みんなもショートなだけあっていつもより爽やかに帰ってこれた様子でした。

お風呂に入ってさっぱりしてから新撰組みんなでヨーテボリの街へ。スウェーデンで第二の都市と聞いていたのに随分田舎だなぁっと思っていたけど、さすがに電車で15分も揺られると大きい港町になってました。
田舎者丸出しで辺りを見回し写真を取り巻くりつつ歩いてると、オープンカフェちっくなよさげな店を発見。オリジナルのお寿司も出してるらしくこんなところで聞く単語だとは思ってなかったのでかなり驚きました(しかし綴りは「Zushi」!)。安形くんの流暢な英語でパスタを注文。最っ高においしい〜!ビールも飲んでみんなご満悦。この後はちょこっと街を回って帰ろうと思っていたのですが、ほとんどの店が閉店してて残念。思い思いに帰り方も違ってて私は電車で帰ったんですが、金谷さんは船で優雅に帰ってはりました。いいですねぇ。そう言えば、ヨーテボリの街中にあったとっても大きな騎士像は何だったんでしょうかね?みんな勝手にヤン・フス像(チェコ)だと言ってみたり伊達政宗(日本)だと言ってみたり言いたい放題やったけど・・・いつか調べよう。

そんなこんなで残すところはあと一日。悔いのないレースをして楽しもうと心に決めて目を閉じました。

7/23(金) 大会5日目 (西尾)

いよいよ最終日、晴れ!バスに乗るのにかなり並んだ。会場についてすぐH21のトップゴール。62分台。目標をキロ9分、トータル72分に設定。トイレに行ってすぐにスタートへ。ゴルフ場の間を縫いつつ衝撃の屋外ビニール囲い込みわいわいがやがや対面式トイレを体験しつつ最後のレースに挑む。2回西村さんを見たり人々を抜き去ったりして中盤に至る。4,5人でパックを形成しつつロングレッグを猛烈なスピードでこなすもその後のショートレッグの連続でミスを連発した。結局目標タイムには届かず74分。トップ+12分。ううむ。
 ゴール後はスーパーエリート観戦。イェニー・ヨハンソンがゴールレーンに入ってくる前にガッツポーズをしていてちょーかっこよかった。小さいのにピョンピョン跳ねるように走って速かった。感動した。
 青空シャワーはこれまた感動的であった。晴れていたらあれほど気持ちいいものはない。

 こうしてO-Ringenは終わりを迎えつつあった。京都から参加したShinsengumiの熱い5日間もあっという間に終わってしまった。またこれたらいいなーとみんなで後夜祭を静かに開催しているとき、衝撃の事実が・・・発覚した!


7/23(金)最終日晩、飲み会にて (岡本)

岡本(モカ)です。復路の航空チケットなくしました... どこでなくしたのかまったく覚えていません。命よりも大事なポシェットの中に入れたつもりだったのですが宿についてからありませんでした。ただその時点では帰るまで使わないパスポートをスーツケースに入れていたのを覚えていたので、きっと一緒に入っているんだろう、程度にしか考えてませんでした。
僕は元来、こういう金銭にかかわるものに関してはなぜかまったくの無頓着で、それが原因でいろんな高価なものをなくしてきたわけですが、今回もそれが出てしまいました。そしてさらにいけないことには、なくなったことを自己管理のせいにするのではなく、神隠しにあったのだと自分を納得させてしまうわけです。それで常習犯になるわけですね。(爆)

そんなこんなで部屋中大捜索が行われたのですが、結局見つからず次の日にチケットカウンターで交渉して何とかしてもらう、ということになりました。


7/24(土)〜25(日) 帰国 (岡本)

今回の遠征が初めての海外(初飛行機!)だったので、勝手がよくわかりません。しかも僕はかなりの攘夷派なので(??)英語が小学生並みにしかしゃべれません。というわけで同じ新選組隊士の同期と後輩についてきてもらって空港のチケットカウンターで交渉してもらいました。
で、無事に再発行されるという事態に至ったわけです。ふぅ。特に一緒にいた後輩(安形)がかなりの開国派で(??)TOEIC800点以上という驚異的な人物だったのでかなり助かりました。感謝。

帰りの飛行機はかなり揺れました。どっかから悲鳴が聞こえてきました。もうここで終わりか、と思ったものです。僕は今まで世の中に何を成し得て来たのか?価値のある人生であったか?そんなことを考えました。

しかしあっさりと関空に到着しました。

とても楽しかったけど疲れました。オーリンゲンのレースも散々でした。何年ぶりかでペナにもなりました。行きも、オランダで飛行機乗り遅れて電車で行くという事になったし(それはそれでかなり楽しかったけど)、かなり飛行機に乗るというのは大変なことなのだと感じました。

結論)僕の力量をはるかに凌駕しています。もう飛行機には乗りません。さようなら。終わり


...というわけで、いかがでしたか?モカはもう飛行機には乗らないなんて言ってるけど(笑)、これを読んでみんな海外遠征に行きたくなったこと請け合い。またみんなで海外遠征に行きましょう。俺もまた来年以降も何とか休みを作って行きたいね。ただし、今回は完全に準備不足で不甲斐ないレース結果に終始しただけに、次回はは楽しむだけじゃなく是非レースの方もまともに...。このままじゃ終われねぇ。
(金谷)